これだけ知ってれば陸上通っぽく振る舞えるという基本情報です。
本当に詳しい人にとっては常識ですが、これだけ知っていればそれっぽく見えるでしょう。


日本人選手編
陸上界はいつからが現代なのかはなんとも言えませんが、おそらく伊東浩司以降っていう括りでいけると思います。それ以前はまだ9秒台がどうこうというレベルではありませんでした。
あんまり古くてもしょうがないので伊東選手以降の世代を押さえておきましょう。

・伊東浩司(100m:10秒00、200m:20秒16)1970年生
現在でも破られていない100mの日本記録保持者。1998年に記録したその記録はなんと10秒00(+1.9)。速報では9.99だっただけに残念。ほんの一瞬速ければ夢の9秒台。ここから先の世代は日本記録更新=9秒台というプレッシャーがかかることに。
200mは20秒16(+1.9)で当時の日本記録。この記録は日本歴代4位。
当時主流だった『もも上げ』とか『大きく腕を振る』という走り方に対し、伊東選手は膝を上げずに腕も振らない(ように見える)いわゆるナンバ走りをし、陸上界を震撼させた。このころから陸上では根性論に変わって『~理論』っていうのが色々流行りだした。また、アシックスのベルトスパイクを実用化したのは彼が初めてだと思われる。

・朝原宣治(100m:10秒02、走幅跳:8m13)1972年生
もとは幅跳び選手で、次第に100mの記録が伸びると日本記録を連発するようになった和製カールルイス。アメリカンな力強いフォームで他の日本人選手とはちょっと違う。中学時代にはハンドボールで全国大会に出場しており、陸上を本格的に始めたのは高校から。
1993年に日本人初の10秒1台、伊東浩司に破られる前の日本記録10秒08は日本人初の10秒0台であり、日本の100mは彼の活躍なしには語れない。最終的なベスト記録は10秒02で、風さえよければ9秒台も...と期待出来た。また、50mの5秒75、60mの6秒55は現在でも日本記録。幅跳びのベスト8m13は日本歴代5位。
リレーでもアンカーとして大活躍。ロンドン五輪では4×100mリレーでまさかの3位に入り銅メダルを獲得し、日本短距離はピークを迎えた。
日本人としては珍しくナイキのスパイクを履いていた。
トップ選手としての息が非常に長く、36歳になる2008年まで第一線で活躍し引退。引退レースでの10秒37は普通にすごい。
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・為末大(400mH:47秒89)1978年生
たぶん日本陸上界で一番才能と実績がある人。日本人で始めて世界大会のトラック種目でメダルを獲得している。アジアで47秒台を出しているのは3人だけ。
中学時代に100mで10秒95、200mで21秒36(当時中学記録)であり、混成三種Bという種目でも記録を持っていて特に幅跳びでは6m90を跳んだ。当然ながら全中では100、200の2冠。
高校でもけた外れの競技力を発揮してインターハイでは400m優勝、国体では400m、400mHの2冠。1996年に記録した400mの45秒95は当時高校記録であり高校歴代3位。400mHの49秒09は現在でも高校記録。
法政大学時代にも全カレでリレー2連覇、400mH3連覇しており、五輪代表になる。
期待されたシドニーでは予選の9台目で転倒し予選落ちするが、翌年(2001年)の世陸エドモントンでは決勝で47秒89を記録し3位に入り、日本人男子短距離選手として初のメダルを獲得した。
そんな天才にも落ちた時期があり、世陸パリ(2003年)では準決どまり。アテネ五輪(2004年)でも決勝進出を逃した。
落ち目かと思われた彼はプロ転向や海外転戦など、当時の日本人がほとんど行っていなかった方法で再起し、世陸ヘルシンキ(2005年)では雨のレースで奇跡の3位に入りまたも銅メダルを獲得した。このときの3番が確定した瞬間はおそらく日本陸上で最も感動するシーンなので必見。
その後はさすがに世界レベルからは落ちて行き、世陸大阪(2007年)では予選落ちして織田雄二のあの名言『なにやってんだよ、タメ!!』が生まれた。2012年の日本選手権で引退。引退レースでは転倒している。
ストイックに陸上を突き詰める様がサムライを彷彿とさせたため、ニックネームはサムライハードラー。
現役時代から陸上の発展に尽力しており、ミリオネアで獲得した賞金1000万を使ってストリート陸上を行ったり、テレビにコメンテーターとして出演したりと陸上選手の地位向上にも貢献している。
世界レベルの短距離選手としては小柄な170cm。日本人初のプロ陸上選手であり、スパイクはナイキ。
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・末續慎吾(100m10秒03、200m:20秒03)1980年生
マッハ末續。100mでの9秒台だけでなく200mで19秒台も期待されてほぼ確実視されていたが...世陸パリ(2003年)では200mでなんと3位に入り銅メダルを獲得する快挙を成し遂げている。世陸・五輪での男子短距離個人種目でのメダル獲得は為末大と2人だけ。さらにロンドン五輪のリレーでも銅メダルを取っている。
走り方が特徴的で、膝を高く上げないナンバ走りであり氷の上でも走れるらしい。スタートは世界でもたぶん彼しかやっていない『バンチスタート』で、パリの決勝のon your marksで両膝をついていたら審判に怒られたことがある。
陸上界にはナンバ走りブームと二軸走法ブームが起こった。
また、ミズノの所属であったためミズノのスパイクは彼と共にピークを迎え、そして衰退した。
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・室伏広治(ハンマー投げ:84m86)1974年生
陸上で最も有名な選手。日本の投てき界で唯一世界と戦い、勝った超人。父の重信もハンマー投げで日本選手権10連覇しており、妹の室伏由香もハンマー投と円盤投の日本記録保持者である。
自己記録の84m86は世界歴代4位であり、上位2人はソ連、3位はドーピング歴のある選手のため、実施的な世界記録とも言える。これはとんでもないこと。また、日本歴代2位は75m台でありしかもそれは父重信の記録のため、国内には敵はおらず日本選手権は20連覇した。
世界戦での成績も素晴らしく、五輪はアテネで金、ロンドンで銅。世陸はエドモントンで銀、パリで銅、テグで金を獲っている。
室伏伝説と言われる逸話もたくさんあり、高校時代にとりあえず出てみたやり投げで68m16(千葉高校記録)を投げて国体2位に入ったこともある。この試合中にタレントの昭英さんにコツを教えてもらったらしく、3位だった昭英さんは才能の差を感じてやり投げをあきらめたらしい。
他にも100mを10秒台で走るとか、30mまでは短距離選手より速いとか、立ち幅跳びで3m60だとかいろいろ。
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・高平慎士(200m:20秒22)1984年生
ヒョローっとした高跳び選手のような体型と大きなストライドの日本人離れした選手。200mでも速いが、日本代表ではリレーの3走要員として活躍しておりロンドン五輪の銅メダルに貢献している。
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・塚原 直貴(100m:10秒09、200m:20秒35)1985年生
北京五輪では100mで準決勝進出を果たし、ロンドン五輪リレーでは銅メダルをとるなど五輪での活躍が目立つ。
2006年の関東インカレでは高平と競り合い、100mと200mの両方で同タイム着差ありの2着という奇跡的な負け方をした。さらに2015年の織田記念でも桐生と同タイム着差ありで2位になっている。
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・山縣 亮太(100m:10秒07、200m20秒41)1992年生
陸上界きってのイケメンでしかも慶応大学卒。2012年の織田記念で10秒08、続くロンドン五輪で10秒07と0台を連発した。
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・桐生 祥秀(100m:10秒01)1995年生
ジェットきりゅう。高校3年生の時に織田記念の予選でまさかの10秒01を記録して一躍有名人になった。が、この時の風力計測が適当だったためにジュニア記録の公認はなっていない。2015年のテキサスリレーでは9秒87を記録したが追風3.3mであり残念ながら参考記録になっている。もうそろそろ9秒台が出るとみんな期待している。
イケメンスプリンターが多い中、日本人らしい顔が人気。見た目は大学に入ってちょっとチャラくなった。
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・サニブラウン・アブデル・ハキーム(100m:10秒22、200m:20秒34)1999年生
ガーナと日本のハーフ。国体で高1歴代最高の10秒45をマークして一躍有名に。世界ユースでは100、200共に大会記録で2冠。特に200mではボルトのもつ大会記録(20秒40)を上回る20秒34でボルト越えと騒がれた。また、世陸北京にも200mで出場し準決勝進出の快挙。国際陸連の新人賞をもらっている。ユースとしては日本人というくくりではなく、世界的なレベルでトップレベルの選手。
桐生がうかうかしてるとサニブラウンが先に9秒台、さらには19秒台を出すかも。
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・高瀬 慧(100m:10秒09、200m:20秒14)1988年生
高校・大学とトップではなかったが社会人になって急に伸び、向かい風の中10秒0台を記録した。その伸びっぷりがすごすぎてそのまま9秒台、19秒台が出そうなため期待が集まっている。
追い風参考で200m20秒09という記録も持っている。
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・藤光 謙司(100m:10秒24、200m:20秒13)1986年生
200mで日本歴代2位の記録を持つ。もうすぐ30歳ではあるが記録が伸び続けているためこのペースならば19秒台も期待できる。また、300mでは32秒21のアジア記録を持っている。
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・村上 幸史(やり投:85m96)1979年生
世界の壁がなかなか厚い投てきだが、世陸ベルリンの3位に入り銅メダルを獲得した偉人。もとは野球少年で、インターハイではやりと円盤の2冠をとっている。アジア歴代5位の記録をもっており、日本国内には敵がおらず日本選手権で12連覇していた。
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・新井涼平(やり投:86m83)1991年生
2007年の世陸大阪でのピトカマキの投てきを観て影響され2学期から陸上部に入部した。大学時代は78mほどで、インカレで勝ってはいたものの世界レベルではなかったが、社会人になり85mスローをして世界トップレベルになった。86m83は村上の記録を上回る日本歴代2位。世陸北京では決勝進出はしたが、ぎりぎりベスト8を逃している。今後はメダルが期待できる。
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